「来」を含むことわざ

全20件

呆れが礼に来る
あきれがれいにくる
ひどく呆れることを誇張していうことば。「呆れがお礼」ともいう。
朝の来ない夜はない
あさのこないよるはない
ものごとは必ずいつか、よい方へ変わるということ。「夜の明けない朝はない」ともいう。
鴨が葱を背負って来る
かもがねぎをしょってくる
好都合が重なって、ますます都合の良い状況になることのたとえ。鴨鍋に必要な鴨が、葱を背負ってやってくるという意から。多く、お人好しが人に利益を与える材料を持ってやってくることをいう。略して「鴨葱」ともいう。
来る者は拒まず
きたるものはこばまず
自分を信じて頼ってくる者は、どんな人間でも拒まないということ。
来て見ればさほどでもなし富士の山
きてみればさほどでもなしふじのやま
実際に見ると、想像とは違い大したことがないということが多いというたとえ。富士山はすばらしいと言われているけれども、来てみればそれほどの山ではなかったという意から。
鍬を担げた乞食は来ない
くわをかたげたこじきはこない
働く者は貧乏になることはないというたとえ。鍬を持って働く者は乞食になることはないという意から。
子供叱るな来た道だ老人笑うな行く道だ
こどもしかるなきたみちだろうじんわらうないくみちだ
子どものいたずらなどは誰しも身に覚えがあるので叱るべきではないし、自分もいずれ年をとるので老人を笑いものにすべきではないということ。
去る者は追わず来る者は拒まず
さるものはおわず きたるものはこばまず
自分を信じられずに、離れて行く者を決して引き止めることはしない。自分を信じて頼ってくる者は、どんな人間でも拒まない。その人の心に任せて、決して無理強いはしないということ。
山雨来らんとして風楼に満つ
さんうきたらんとして かぜ ろうにみつ
何事か変事が起こる前に、なんとなく不穏な気配がただよう様子。「楼」は、高殿。山の雨が降り出す前には、前ぶれとしての風が高殿へ吹きつけるということから。「山雨来らんと欲して風楼に満つ」ともいう。
地獄から火を貰いに来たよう
じごくからひをもらいにきたよう
やせ衰えてみすぼらしい姿のたとえ。
商売往来にない商売
しょうばいおうらいにないしょうばい
泥棒など世間に認められない商売のこと。「商売往来」は、商売に関係した事柄を書いた江戸時代の書。この書物に載っていない商売という意から。
尻が来る
しりがくる
他人のしたことの後始末や苦情が持ち込まれることのたとえ。
人生七十古来稀なり
じんせいしちじゅう こらいまれなり
七十歳まで生きる人は、昔から非常に少ないということ。このことから七十歳のことを「古稀(古希)」という。
盛年重ねて来らず
せいねんかさねてきたらず
若く元気のよい時は二度とやって来ないから、時を無駄に過ごしてはいけないという教え。
楽しみ尽きて悲しみ来る
たのしみつきてかなしみきたる
楽しみが極まると、かえって悲しい思いにとらわれるようになる。楽しいことは永久に続くものではないということ。
抜き足して来るひとに碌な者なし
ぬきあししてくるひとにろくなものなし
音をさせないように近づく者は、何か後ろ暗い所があるので碌な者ではないということ。
日陰の豆も時が来ればはぜる
ひかげのまめもときがくればはぜる
人より成長が遅れていても年ごろになれば一人前になるから心配は要らないというたとえ。日陰で育った豆でも時期が来れば自然とさやからはじけ出るという意から。
来年の事を言えば鬼が笑う
らいねんのことをいえばおにがわらう
来年のことはわからない。未来のことは予測できないというたとえ。
我が亡き後に洪水よ来たれ
わがなきあとにこうずいよきたれ
自分が死んだ後なら、洪水でもなんでも来てよい。今さえよければ、あとはどうなってもかまわないということ。
笑う門には福来る
わらうかどにはふくきたる
いつも明るくにこにこしている人の所には、自然に幸福が訪れてくるということ。