「果」を含むことわざ

全16件

挙句の果て
あげくのはて
物事が終わった最後の結果。「挙句」は連歌・俳諧の最後の句のこと。転じて、ものごとの終わりの意。
朝の果物は金
あさのくだものはきん
朝食べる果物は、胃腸の働きをよくし、体の目覚めを促すため、健康によいということ。
争い果てての棒乳切り
あらそいはててのぼうちぎり
時機に遅れて、何の役にも立たないことのたとえ。「棒乳切り」は棒の切れ端の意。喧嘩が終わってから棒切れを持ち出しても、役に立たないという意から。「喧嘩過ぎての棒乳切り」ともいう。
諍い果てての乳切り木
いさかいはててのちぎりぎ
時機に遅れて何の役にも立たないことのたとえ。「乳切り木」は棒の切れ端の意。喧嘩が終わってから、棒切れを持ち出しても役に立たないという意から。「喧嘩過ぎての棒乳切り」ともいう。
因果の小車
いんがのおぐるま
悪行に対しては悪い報いがすぐにめぐってくるということ。小さな車輪がくるくる回転するように、悪い行いは悪い結果となってすぐに回ってくるという意から。
因果を含める
いんがをふくめる
事情を説明して諦めさせること。
起きて働く果報者
おきてはたらくかほうもの
健康で働けることは、何よりも幸せだということ。「果報者」は幸運な人の意。
親の因果が子に報う
おやのいんががこにむくう
親の悪行の結果、罪のない子どもが災いを受けること。
果報は寝て待て
かほうはねてまて
幸運は自然にやってくるものだから、焦らず気長に待つほうがよいということ。「果報」は、前世での行いの結果として現世で受ける報いのことで、本来は善悪どちらをも意味したが、しだいに幸運の意になった。
川立ちは川で果てる
かわだちはかわではてる
人は得意なことほど油断して、かえって身を滅ぼすことがあるというたとえ。「川立ち」は、川のほとりで生まれ育った泳ぎ上手な人のこと。
寒さの果ても涅槃まで
さむさのはてもねはんまで
冬の寒さも涅槃会が来ると終わるということ。「涅槃」は、陰暦二月十五日の釈迦入滅の日に行う法会、涅槃会のこと。
頼みの綱も切れ果てる
たのみのつなもきれはてる
頼みにしていた最後の手段もだめになり、万策が尽きるということ。「頼みの綱」は、頼りにしてすがる人や物の意。
話は下で果てる
はなしはしもではてる
雑談は、しているうちにだんだん下品になっていき、最後は性に関する話になっておしまいになるということ。
身に過ぎた果報は災いの基
みにすぎたかほうはわざわいのもと
分不相応の幸福は、かえって不幸を招くもとになるから、分相応な幸せがよいということ。「果報」は幸運の意。
見目は果報の基
みめはかほうのもとい
顔かたちが美しいということは、幸運をもたらす元だということ。「見目」は容貌、「果報」は幸運の意。
山師山で果てる
やましやまではてる
得意な技を持つ人は、その技のために身の破滅を招きやすいということのたとえ。山に慣れた山師は、つい油断して山で命を落とすことが多いということから。