「後」を含むことわざ
全55件
後足で砂をかける
あとあしですなをかける
去り際に迷惑をかけたり、裏切ったりすることのたとえ。犬などが糞をしたあとに、後ろ足で砂を蹴散らすようすから。
後から剝げる正月言葉
あとからはげるしょうがつことば
上品ぶった言葉や、うわべだけ飾った体裁だけのお世辞は、すぐに化けの皮がはがれるということ。「正月言葉」は正月に使う体裁ぶった言葉の意で、上品ぶった使いなれない言葉のこと。
後先息子に中娘
あとさきむすこになかむすめ
子どもを持つなら三人で、最初と最後は男、真ん中は娘が理想だということ。
後の雁が先になる
あとのかりがさきになる
後から来た者が、先の者を追い抜いてしまうこと。また、年上の者より年下の者が先に死んだ時にも使う。列をなして飛ぶ雁行のようすから。「雁」は「がん」とも読む。
後の喧嘩先でする
あとのけんか さきでする
あとからもめ事が起こらないように、事前によく話し合いをしておくべきだということ。あとで喧嘩をすることがないように、先に喧嘩しておけという意から。
後の祭り
あとのまつり
手遅れ。時機を逃したため、何の役にも立たないことのたとえ。
後は野となれ山となれ
あとはのとなれやまとなれ
目前の問題さえ片付けば、あとはどうなってもよいということ。
後腹が病める
あとばらがやめる
物事が終わったあとも、出費がかさんだり、障害が生じて苦しむというたとえ。「後腹」は産後の腹痛のこと。子どもを生んだあとも、しばしば腹が痛むという意から。
後へも先へも行かぬ
あとへもさきへもいかぬ
引くことも進むことも出来ず、動きがとれないようす。
いい後は悪い
いいあとはわるい
いい事があった後は、とかく悪いことが起こりがちであるから、調子に乗ってはいけないということ。
鼬の最後っ屁
いたちのさいごっぺ
困った時にとる非常手段のたとえ。鼬(イタチ)が追い詰められたとき、悪臭を放って敵をひるませることから。
今の情けは後の仇
いまのなさけはのちのあだ
一時の安易な同情による手助けは、かえって相手のためにならず、あとになって害になることがあるということ。
雨後の筍
うごのたけのこ
同じようなことが次々と起こることのたとえ。雨あがりに筍が次々に出てくることからいう。
後ろ髪を引かれる
うしろがみをひかれる
まるで後ろ髪を引っ張られるような未練にとらわれ、心が残って思い切れないようす。
後ろ千両前一文
うしろせんりょうまえいちもん
後ろ姿はとても美しいのに、前から見ると全然美しくないこと。
後ろに柱前に酒
うしろにはしらまえにさけ
快く気楽な気分のたとえ。後ろにある柱にもたれかかり酒を飲むという意から。
後ろに目なし
うしろにめなし
背後にあるものが見えないように、誰にでも気がつかないことがあるということ。
後ろ弁天前不動
うしろべんてん まえふどう
後ろから見るとまるで弁天様のように美しいが、前から見ると不動明王のように恐い顔をした女性のこと。
後ろ指を指される
うしろゆびをさされる
他人から非難されること。「後ろ指」は他人を後ろから指差して陰口を言うこと。
親の意見と冷や酒は後で利く
おやのいけんとひやざけはあとできく
親の意見は聞き流してしまいがちだが、後になると納得できて、ありがたいと思うようになるということ。冷酒は飲みやすく、あとから酔いが回ってくる意から。
難きを先にし獲るを後にす
かたきをさきにし うるをのちにす
困難な仕事を先に行い、自分の利益は後回しにすること。
勝った自慢は負けての後悔
かったじまんはまけてのこうかい
勝負に勝った時に自慢しすぎると、負けた時に引っ込みがつかず、恥ずかしい思いをして後悔するということ。
聞かぬ事は後学にならず
きかぬことはこうがくにならず
どんなことでも聞いておかなければ将来のための教養にならないということ。
今日の後に今日なし
きょうののちにきょうなし
今日という日は二度とやってくることはない。だから今日できることは今日やっておけという戒めの言葉。
鶏口となるも牛後となるなかれ
けいこうとなるもぎゅうごとなるなかれ
たとえ小さな集団でもその頭になるほうが、大きな集団で人の尻についているよりもいいというたとえ。「鶏口」は、鶏の口の意で小さな集団の長のたとえ。「牛後」は、牛の尻の意で強大な者につき従って使われる者のたとえ。略して「鶏口牛後」ともいう。
下種の後思案
げすのあとじあん
愚かな者は必要なときは考えが浮かばず、事が終わった後に名案を思いつくということ。「下種の後知恵」ともいう。
現世安穏後生善処
げんぜあんのん ごしょうぜんしょ
法華経を信じる人は、この世では安穏に生活でき、あの世ではよい世界に生まれるということ。
後悔先に立たず
こうかい さきにたたず
事が済んでしまったあとで後悔しても取り返しがつかない。だから、物事を行う前に十分考えることが大切だということ。
後悔は知恵の緒
こうかいはちえのいとぐち
後悔することによって、次から事に備えることができる。後悔は気付きのきっかけであるということ。
後車の戒め
こうしゃのいましめ
先人の失敗は後人の教訓になるというたとえ。前の車が覆るのを見て、後の車は教訓とするという意から。「前車の覆るは後車の戒め」ともいう。
後塵を拝する
こうじんをはいする
地位や権力のある人を羨ましく思うこと。優れた人物のあとにつき従うこと。また、人に先んじられることのたとえ。「後塵」は車馬が通り過ぎたあとの土ぼこりのことで、それを浴びて見送るという意から。
後生畏るべし
こうせい おそるべし
若い人はいろいろな可能性を持っていて、将来どんな力量を現すかわからないので恐れなければならないということ。「後生」は、あとから生まれる人、後輩の意。
紺屋の明後日
こうやのあさって
約束の期限があてにならないことのたとえ。「紺屋」は染物屋のことで、もとは「こんや」ともいった。染物屋の仕事は天気に左右されるので、出来上がりが遅れがちでいつも「明後日」と言い訳していたことから。
後光より台座が高くつく
ごこうよりだいざがたかくつく
ものごとは、目立たない基礎の部分に案外お金がかかるというたとえ。仏像は人目につく光背より、目立たない台座のほうが費用がかかるという意から。
後生が大事
ごしょうがだいじ
来世の安楽を願って信心することが大切だということ。
後生大事や金欲しや死んでも命のあるように
ごしょうだいじやかねほしやしんでもいのちのあるように
来世の安楽を願いながら、現世の金も欲しいと、あれもこれも願う人間の強欲さのたとえ。
後生願いの六性悪
ごしょうねがいのろくしょうあく
来世の安楽を願っていながら、たちの悪いことをするたとえ。「後生願い」は、来世の極楽往生を願うこと。「六性悪」は、喜・怒・哀・楽・愛・悪の六つの感情の「六性」と「性悪」をかけていったもの。
後生は徳の余り
ごしょうはとくのあまり
一生懸命に徳を積めば、おのずと来世の安楽もかなえられるということ。また、現世の暮らしに余裕があってこそ、来世の安楽を祈ることができるということ。
最後に笑う者が最もよく笑う
さいごにわらうものがもっともよくわらう
最初に笑っていた者も最後に泣くこともある。最終の結果が出たあとに笑える者が最高であるということ。
最後は人の嗜み
さいごはひとのたしなみ
人は死ぬときにこそ、日頃の心がけがもっともよく現れるということ。
三度の火事より一度の後家
さんどのかじよりいちどのごけ
三度火事に遭うより、一度だけでも夫に先立たれるほうが精神的打撃が大きくて立ち直りにくいというたとえ。
死して後已む
ししてのち やむ
死ぬまで精一杯努力し続けるということ。死んではじめて已めるという意から。
食後の一睡万病円
しょくごのいっすい まんびょうえん
食後のひと眠りはからだによいというたとえ。「万病円」は、万病に効果があるといわれた江戸時代の丸薬。
人後に落ちない
じんごにおちない
他人にひけをとらないこと。「人後」は、他人のうしろの意。
前車の覆るは後車の戒め
ぜんしゃのくつがえるはこうしゃのいましめ
先人の失敗は後人の戒めになるというたとえ。前の車が覆るのを見て、後の車は戒めとするという意から。単に「後車の戒め」ともいう。
前門に虎を防ぎ後門に狼を進む
ぜんもんにとらをふせぎこうもんにおおかみをすすむ
一つの災いを逃れても、さらにまた別の災難に見舞われることのたとえ。前門で恐い虎の侵入をやっと防いだと思ったら、すでに後門に恐ろしい狼が入っていたという意から。「前門の虎、後門の狼」ともいう。
前門の虎後門の狼
ぜんもんのとら こうもんのおおかみ
一つの災難を逃れても、さらにまた別の災いに遭うことのたとえ。前門で恐い虎の侵入をやっと防いだと思ったら、今度は後門に恐ろしい狼が現れるという意から。「前門に虎を防ぎ後門に狼を進む」ともいう。
斃れて後已む
たおれてのち やむ
命がある限り努力し続けやり抜くこと。死んだあと、やっとやめるという意から。
後の親が親
のちのおやがおや
生んでくれた親より、育ててくれた親を敬い孝行せよという教え。
前急ぎは後急ぎ
まえいそぎはあといそぎ
先へと急ぎすぎると失敗が多いということ。
前十両に後ろ三両
まえじゅうりょうにうしろさんりょう
前から見ると美しいが、後姿はそれほどでもないということ。
前を踏み後ろにつまずく
まえをふみうしろにつまずく
前に進むことも後ろに下がることもできないというたとえ。
祭りの渡った後のよう
まつりのわたったあとのよう
にぎやかだったあと、急に静まりかえることのたとえ。にぎやかな祭りの行列が通り過ぎたあと静かになる意から。
よい花は後から
よいはなはあとから
先走るものは、たいしたものではない。優れたものは後から現れるということ。はじめに咲く花より、後から咲く花のほうが美しいという意から。
我が亡き後に洪水よ来たれ
わがなきあとにこうずいよきたれ
自分が死んだ後なら、洪水でもなんでも来てよい。今さえよければ、あとはどうなってもかまわないということ。