「花」を含むことわざ
全61件
朝顔の花一時
あさがおのはないっとき
物事の盛りが短く、はかないことのたとえ。朝咲いた朝顔の花が昼を待たずにしぼんでしまうことから。
薊の花も一盛り
あざみのはなもひとさかり
誰でも年ごろになると、それなりの魅力が出てくるということ。あまり好まれない薊の花も、美しい時期があるという意から。
徒花に実は生らぬ
あだばなにみはならぬ
どんなに見かけがよくても、実質が伴わなくてはよい成果を上げることはできないということ。「徒花」は、咲いても実を結ばずに散る花。どんなに美しい花を咲かせようとも、実のならない徒花では仕方がないという意から。
雨は花の父母
あめははなのふぼ
花にとって雨は、養い育ててくれる父母のようなものだということ。
石に花咲く
いしにはなさく
現実には起こるはずのないことのたとえ。
一輪咲いても花は花
いちりんさいてもはなははな
たとえ小さく目立たない存在でも、その存在自身には何ら変わりはないということ。
炒り豆に花が咲く
いりまめにはながさく
衰えていたものが、再び栄えることのたとえ。また、ありえないことが実現することのたとえ。炒った豆に芽が出て花が咲くということから。「炒り豆に花」ともいう。
言わぬが花
いわぬがはな
はっきりと口に出していうより、黙っていたほうが趣があるということ。
美しい花には棘がある
うつくしいはなにはとげがある
美しいものには人を傷つける一面があるということ。
優曇華の花
うどんげのはな
きわめて珍しいことのたとえ。「優曇華」は三千年に一度咲くという、インドの想像上の植物。「盲亀の浮木、優曇華の花」と続けてもいう。
埋もれ木に花咲く
うもれぎにはなさく
長い間不運だった人に意外な幸運が訪れることのたとえ。また、世間から忘れ去られていた人が再び脚光を浴びて世に出ることのたとえ。土の中に埋もれていた木に花が咲くという意から。
売り物には花を飾れ
うりものにははなをかざれ
商品は中身の良さだけでなく、見た目もきれいに飾って売るのが商売のこつだということ。
枝を矯めて花を散らす
えだをためてはなをちらす
小さな欠点にこだわって、かえって大事な部分をなくしてしまうことのたとえ。
老い木に花咲く
おいきにはなさく
老木に再び花が咲くように一度衰えたものが、もう一度勢いを盛り返すたとえ。「老い木に花」ともいう。
男鰥に蛆が湧き女寡に花が咲く
おとこやもめにうじがわき おんなやもめにはながさく
妻のいない男は身の回りの世話をしてくれる人がいなくなり不潔な生活になりがちなのに対し、未亡人は、夫にわずらわされることがなくなり、自分の身を美しく清潔に出来るので、世間の男にもてはやされ華やかだということ。
鬼も十八番茶も出花
おにもじゅうはち ばんちゃもでばな
器量が悪くても、年ごろになれば誰でも娘らしい魅力が出てくるということ。鬼の娘でも18という年ごろになれば娘らしくなるし、安い番茶も入れたては香りがよくおいしいという意から。
親の意見と茄子の花は千に一つも無駄はない
おやのいけんとなすびのはなはせんにひとつもむだはない
茄子の花に無駄花がないように、親が子どもにいう意見も一つも無駄がなく、すべて子どもの役に立つことばかりであるということ。
女寡に花が咲く
おんなやもめにはながさく
未亡人は、夫にわずらわされることがなくなり、自分の身を美しく清潔に出来るので、世間の男の目を引き華やかだということ。
解語の花
かいごのはな
美人のたとえ。「解語」は言葉を解することで、言葉がわかる花の意。唐の玄宗皇帝が楊貴妃のこと指して言ったという故事から。
餓鬼の花争い
がきのはなあらそい
貧しい者が生活に関係ない趣味に熱中するたとえ。「餓鬼」は餓鬼道におち飢えと渇きに苦しんでいる亡者。餓鬼が食べられない花のことで争うことから。
火事と喧嘩は江戸の花
かじとけんかはえどのはな
江戸は人家が密集していたため大火事が多く、火消しの働きぶりが華やかであった。また、江戸っ子は気が短いため喧嘩も威勢がよく派手であった。この二つが江戸の名物だったということ。
枯れ木に花
かれきにはな
いったん衰えたものが、再び勢いを得て栄えることのたとえ。「枯れ木に花咲く」ともいう。
器量は当座の花
きりょうはとうざのはな
器量がいいなどというのは、人生の中のほんの一時のものに過ぎないということ。
槿花一日の栄
きんかいちじつのえい
栄華が長続きしないことのたとえ。「槿花」は、むくげの花。朝咲き夕方にはしぼむむくげの花のようにはかない栄華という意から。「槿花一朝の夢」ともいう。
錦上花を添える
きんじょう はなをそえる
美しいものの上に、さらに美しいものを加えること。よいこと、めでたいことが重なることのたとえ。美しい錦の上に、さらに美しい花を添えるという意から。
桜は花に顕われる
さくらははなにあらわれる
ふだんは平凡な人々に紛れていた人間が、何らかの機会に優れた才能を発揮するたとえ。他の雑木に交って目立たなかった桜の木も、花が咲いて初めて桜の木だと気づかれるということから。
三十九じゃもの花じゃもの
さんじゅうくじゃものはなじゃもの
三十九歳はまだ三十代、これからが盛りで人生の花を咲かせる時期だということ。「四十四十と人言うけれど三十九だもの花だもの」という俗謡から。
死に花を咲かせる
しにばなをさかせる
死に際が立派で、名誉を死後に残すこと。
沈丁花は枯れても香し
じんちょうげはかれてもかんばし
もともと良いものは、たとえ盛りが過ぎても値打ちがあるというたとえ。沈丁花は枯れてもなおよい香りがするということから。
死んで花実が咲くものか
しんではなみがさくものか
人間死んでしまえば万事おしまいである。どんな状況にあっても、生きていればこそいいこともあるということ。死んだ木に花が咲いたり実がなったりしないことから。
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花
たてばしゃくやく すわればぼたん あるくすがたはゆりのはな
美人の容姿や立ち居ふるまいを形容することば。
他人は時の花
たにんはときのはな
季節の花が咲いてすぐ散るように、他人の好意も長続きしないものだから、あまり頼りにしてはいけないという教え。「時の花」は季節に咲く花。
月に叢雲花に風
つきにむらくも はなにかぜ
良いこと、楽しいことにはとかく邪魔が入りやすく長続きしないというたとえ。名月には雲がかかって見えず、春の花は風が吹いて花びらを散らすということから。
遠きは花の香
とおきははなのか
遠くのものは花の香りのように何でもよく感じられ、近くのものはつまらなく思えるということ。
時の花を挿頭にせよ
ときのはなをかざしにせよ
時流に乗って生きるのが、世渡りのこつだということ。「挿頭」は髪や冠に挿す飾り花のことで、その時季に咲く花を飾るのがよいという意から。
隣の花は赤い
となりのはなはあかい
他人の物はなんでもよく見えてうらやましく思えるというたとえ。隣の家に咲いている花は、自分の家の花より赤く見えるという意から。
根がなくても花は咲く
ねがなくてもはなはさく
根がない生け花にも花が咲くように、まったく事実無根のことでも噂が立つことがあるということ。
花七日
はななぬか
盛りの時期の短いことのたとえ。桜の花の盛りが七日しかない意から。
花に嵐
はなにあらし
良いことには、往々にして邪魔が入りやすいことのたとえ。きれいに咲いた桜の花が、嵐で散ってしまうという意から。「花に風」ともいう。
花盗人は風流のうち
はなぬすびとはふうりゅうのうち
美しい花を、つい一枝折ってしまうのは風流というもので、とがめるほどのことではないということ。
花の下より鼻の下
はなのしたよりはなのした
花を楽しむより、鼻の下にある口に食べさせることのほうが大事だということ。
花は折りたし梢は高し
はなはおりたしこずえはたかし
欲しいけれど手に入れる方法がなくて、思うようにいかないことのたとえ。花のついた枝を折りたいが、梢が高くて届かないという意から。
花は桜木人は武士
はなはさくらぎ ひとはぶし
花は桜が最も美しく、人は武士が一番だということ。桜がぱっと咲いて散るように、武士の死に際も潔いことから。
花は根に鳥は古巣に
はなはねにとりはふるすに
物事はすべて、その根源に戻るということ。咲いた花は木の根元に落ちて肥やしになり、空を飛ぶ鳥もやがては巣に帰ることから。
花も折らず実も取らず
はなもおらずみもとらず
欲張って両方を手に入れようとして、結局どちらも得られないことのたとえ。
花も実もある
はなもみもある
外観と内容がともに充実していることのたとえ。また、人情も道理もわきまえていること。花が咲いて美しいうえに実までなるという意から。
花より団子
はなよりだんご
外観より実利があるもののほうがよいということ。食べられない花より、団子のほうがありがたいという意から。
貧乏花好き
びんぼうはなずき
見分不相応なことのたとえ。貧乏人が花作りを好むという意から。
坊主の花簪
ぼうずのはなかんざし
持っていても何の役に立たない物のたとえ。「花簪」は造花などで飾ったかんざしのことで、坊主には役に立たないことから。
待つうちが花
まつうちがはな
物事は期待しながら待っている間が、心ときめいて楽しいということ。「待つが花」「待つ間が花」ともいう。
待つ間が花
まつまがはな
あれこれ想像して待っている間が一番楽しいということ。
三つ子に花
みつごにはな
そぐわない人に大事なものを預けて安心できないことのたとえ。また、ものの値打ちがわからない者に優れた物を与えても何の役にも立たないことのたとえ。幼い子に花を持たせてもすぐにめちゃくちゃにしてしまうという意から。
見ぬが花
みぬがはな
物事は実際に見るまでの間、あれこれと想像し期待するときが楽しいということ。「見ぬが心憎し」ともいう。
実の生る木は花から知れる
みのなるきははなからしれる
すぐれた人物は、子どもの時から凡人とはどことなく違うというたとえ。よく実のなる木は、花が咲いた時からわかるという意から。「生る木は花から違う」「実を結ぶ木は花より知らるる」ともいう。
物言う花
ものいうはな
美人のたとえ。言葉を話す美しい花の意。
幽霊の正体見たり枯れ尾花
ゆうれいのしょうたいみたりかれおばな
怖いと思っていると、何でもないものまで恐ろしく見えてしまうことのたとえ。また、正体がわかると、怖かったものも何でもなくなるということ。「尾花」はススキの穂で、幽霊だと思って恐れていたものが、よく見ると枯れたススキの穂だったという意から。
よい花は後から
よいはなはあとから
先走るものは、たいしたものではない。優れたものは後から現れるということ。はじめに咲く花より、後から咲く花のほうが美しいという意から。
落花枝に返らず破鏡再び照らさず
らっかえだにかえらず はきょうふたたびてらさず
一度こわれた男女の仲は、再びもとに戻ることはないというたとえ。散り落ちた花は再びもとの枝に返ることはなく、割れた鏡は再び物をうつすことはできない意から。
落花情あれども流水意なし
らっかじょうあれどもりゅうすいいなし
一方には恋しく思う気持ちがあるのに、相手に思いが通じないことのたとえ。散る花は流れのままに流されていきたいが、川はそしらぬ顔で流れていくという意から。
落花流水の情
らっかりゅうすいのじょう
男女が慕い合う気持ちを持っていることのたとえ。散る花は、流れのままに流されて行きたいと思い、流れる水は散った花を浮かべて流れたいと思っている意から。
両手に花
りょうてにはな
すばらしいものを二つ同時に手に入れることのたとえ。また、一人の男性が二人の女性を連れていることのたとえ。