「日」を含むことわざ
全93件
秋風と夫婦喧嘩は日が入りゃ止む
あきかぜとふうふげんかはひがいりゃやむ
秋風が日暮れになると静まるように、夫婦喧嘩も夜になるとおさまるということ。
秋の入り日と年寄りはだんだん落ち目が早くなる
あきのいりひととしよりはだんだんおちめがはやくなる
年々衰える年寄りの健康状態を、急速に暮れていく秋の夕日にたとえたことば。
秋の日と娘の子はくれぬようでくれる
あきのひとむすめのこはくれぬようでくれる
秋の日は暮れないようでいて急に暮れるように、大事にされてきた娘も、嫁にくれないように見えて案外簡単にくれるものだということ。
秋の日は釣瓶落とし
あきのひはつるべおとし
秋の日が急速に暮れていくようす。秋の日が、井戸の中へ釣瓶が垂直に速く落ちるように暮れていく意から。
秋日和半作
あきびよりはんさく
秋の天候の善し悪しで、作物の収穫は半ば決まってしまうということ。
朝日が西から出る
あさひがにしからでる
絶対に起こるはずがないことのたとえ。
明日は明日の風が吹く
あしたはあしたのかぜがふく
先のことをいくら心配してもはじまらないので、なるがままに任せて生きるのがよいということ。明日は明日で、今日の風と違う風が吹くという意から。
明日ありと思う心の仇桜
あすありとおもうこころのあだざくら
いつ何が起こるかわからない、人生や世の中の無常をいった言葉。桜の花が、明日も咲いているだろうと安心していると、夜中の嵐で散ってしまうかもしれないという意から。「夜半に嵐の吹かぬものかは」という句がこれに続く。
明日食う塩辛に今日から水を飲む
あすくうしおからにきょうからみずをのむ
手回しがいいように見えて、実は無意味なことのたとえ。
明日知らぬ世
あすしらぬよ
今日は無事に過ごせたとしても、明日のことはわからない。永久不変のものなど無いという、この世の無常をいうことば。
明日の事は明日案じよ
あすのことはあすあんじよ
明日の事は明日のこと。何が起こるかわからないから今日から心配しても仕方ないということ。
明日の事を言えば鬼が笑う
あすのことをいえばおにがわらう
先のことはわからない。未来のことは予測できないというたとえ。
明日の百より今日の五十
あすのひゃくよりきょうのごじゅう
不確かな期待よりも、たとえ量が少なくても、今日確実に手にできるもののほうがよいということ。
姉は菅笠妹とは日傘
あねはすげがさ いもとはひがさ
女性は嫁ぎ先しだいで、境遇に大きな差が出てくるということ。「菅笠」は農作業でかぶる笠。「日傘」は盛装などの時にさす日除けの傘。同じ家で育った姉妹でも、嫁ぎ先によって、菅笠をかぶってあくせく働いたり、日傘をさして優雅に出掛けたりと、違う境遇になるということから。
あの世の千日この世の一日
あのよのせんにち このよのいちにち
あの世の極楽で千日暮らすより、この世で一日でも楽しむほうがよいということ。
雨の降る日は天気が悪い
あめのふるひはてんきがわるい
あたりまえのこと、わかりきったことのたとえ。
言いたいことは明日言え
いいたいことはあすいえ
言いたいことがあってもすぐ口に出さず、一晩じっくり考えてから言うほうが失言せずにすむということ。
一日千秋の思い
いちじつせんしゅうのおもい
待ち焦がれて、一日が千年もの長さに感じられること。
一日の長
いちじつのちょう
経験・知識が他の人より少しだけ優れていること。その人より一日分年長であるという意から。
一日再び晨なり難し
いちじつふたたびあしたなりがたし
一日に二度朝が来ることがない。だから時間を大切にして勉学に励めという戒めのことば。「晨」は朝の意。
一日暖めて十日冷やす
いちにちあたためてとおかひやす
一日だけ努力してあとの十日は怠け、怠けるほうが多いから何の役にも立たないというたとえ。植物を育てる時に、一日だけ日光に当てて暖め、十日は冷やして成長に良くないことをするということから。
一日一字を学べば三百六十字
いちにちいちじをまなべばさんびゃくろくじゅうじ
毎日少しずつでも怠らずに勉強を続ければ、積もり積もって大きな成果が得られるというたとえ。
一日の計は朝にあり一年の計は元旦にあり
いちにちのけいはあさにありいちねんのけいはがんたんにあり
一日の計画は朝のうちに立て、一年の計画は元旦に立てよということ。
犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ
いぬはみっかかえばさんねんおんをわすれぬ
犬は三日間餌をやってかわいがれば三年間恩を忘れない。犬でさえそうなのだから、人間は受けた恩を忘れてはいけないという戒めの言葉。
兎も七日なぶれば噛みつく
うさぎもなぬかなぶればかみつく
おとなしい人でも、たびたび辱めを受けるとついには怒るというたとえ。おとなしい兎でも七日もいじめられればついには噛みつくというたとえ。
英雄閑日月あり
えいゆう かんじつげつあり
英雄といわれるほどの人は、小事にとらわれず悠然としているので、はた目には暇な日々をおくっているように見えるということ。「閑日月」は、暇な月日、気分がゆったりしていることの意。
豌豆は日陰でもはじける
えんどうはひかげでもはじける
だれでも年頃になると、男女の情に目覚めるというたとえ。また、事が成るにはそれなりの時間が必要で、その時がくれば自然に成るものだというたとえ。日陰で育った豌豆も時期がくれば実が熟して種がはじけるという意から。
お乳母日傘
おうばひがさ
幼児に乳母をつけたり、日傘を差しかけて大事に育てること。「おんば日傘」はこれが転じたもの。
思い立ったが吉日
おもいたったがきちじつ
何かをしようと思ったら、その日が吉日としてすぐに始めるのがよいということ。「吉日」は暦で縁起がいい日。
親方日の丸
おやかたひのまる
国家が後ろ盾になっている官庁や公営企業などは、倒産の心配もなく利益を図る必要もないだろうと、公務員の気楽さを皮肉っていうことば。
片山曇れば片山日照る
かたやまくもればかたやまひてる
一方に悪いことがあれば、もう一方に良いことがあり、世の中は様々だということ。
昨日の襤褸今日の錦
きのうのつづれ きょうのにしき
人生は浮き沈みが激しく、人間の運命も定まりにくくて、変わりやすいということのたとえ。「襤褸」はぼろ、「錦」は美しい衣服。昨日はぼろを着ていた人が、今日は美しい衣服を身にまとっているという意から。「昨日の錦、今日の襤褸」ともいう。
昨日の友は今日の仇
きのうのともはきょうのあだ
人の心は変わりやすく当てにならないということのたとえ。昨日まで親しくしていた友が、今日は敵になってしまったという意から。
昨日の友は今日の敵
きのうのともはきょうのてき
人間の心は変わりやすく当てにならないことのたとえ。昨日まで仲良くしていた友人が、たった一日で今日は敵になってしまったという意から。
昨日の淵は今日の瀬
きのうのふちはきょうのせ
人の世の物事が定まりがたいということのたとえ。昨日まで深い淵だった所が、今日は浅い瀬になってしまったという意から。
昨日は昨日今日は今日
きのうはきのう きょうはきょう
昨日のあったことが、今日もあるわけではない。日々情勢が変わり、昨日と今日は違うということ。
昨日は今日の昔
きのうはきょうのむかし
わずか一日前のことでも、今日から見れば昨日は過去であるということ。
昨日は人の身今日は我が身
きのうはひとのみ きょうはわがみ
人の運命は予測しがたく、他人にふりかかった災難が、いつ自分にもふりかかるかわからないということ。
昨日は嫁今日は姑
きのうはよめ きょうはしゅうとめ
時の流れが非常に早く、人の境遇も変わりやすいということのたとえ。
今日できることを明日まで延ばすな
きょうできることをあすまでのばすな
やればすぐできることはを、明日やろうと一日延ばしにしないで思いついたらすぐにやれという戒めの言葉。
今日の襤褸明日の錦
きょうのつづれ あすのにしき
今はぼろを身につけているが、努力を怠らなければ苦労が実って、そのうち美しい衣服を着るほど出世できるだろうということ。「襤褸」はぼろ、「錦」は美しい衣服。
今日の後に今日なし
きょうののちにきょうなし
今日という日は二度とやってくることはない。だから今日できることは今日やっておけという戒めの言葉。
今日の一針明日の十針
きょうのひとはり あすのとはり
すぐにしなければならないことを先延ばしすると、余計に手間がかかるということのたとえ。今日なら一針縫えば済むのに、明日に延ばせばほころびが広がり、十針も縫わなければならなくなるという意から。
旭日昇天の勢い
きょくじつしょうてんのいきおい
天に昇る朝日のように、勢いが盛んなようす。「旭日」は、朝日の意。
槿花一日の栄
きんかいちじつのえい
栄華が長続きしないことのたとえ。「槿花」は、むくげの花。朝咲き夕方にはしぼむむくげの花のようにはかない栄華という意から。「槿花一朝の夢」ともいう。
食うことは今日食い言うことは明日言え
くうことはきょうくい いうことはあすいえ
食べ物は早く食べたほうがおいしく味わえるが、ものを言うのはよく考えてからのほうが賢明だということ。
君子の過ちは日月の食のごとし
くんしのあやまちはじつげつのしょくのごとし
君子はたとえ過ちを犯すようなことがあっても、日食や月食が一時的なように、すぐに改めてもとの徳性に返るものだということ。
紺屋の明後日
こうやのあさって
約束の期限があてにならないことのたとえ。「紺屋」は染物屋のことで、もとは「こんや」ともいった。染物屋の仕事は天気に左右されるので、出来上がりが遅れがちでいつも「明後日」と言い訳していたことから。
ここばかりに日は照らぬ
ここばかりにひはてらぬ
太陽が照っているのはここだけではない。つまり、どこに行っても生活できる所はあるという意で、うまくいかなくなって出て行く時の捨て台詞。
乞食を三日すればやめられぬ
こじきをみっかすればやめられぬ
悪い習慣が身についてしまうと、なかなか抜けられないというたとえ。気楽な乞食の暮らしを三日も経験したら、もうやめられないという意から。「乞食を三日すれば忘れられぬ」ともいう。
去る者は日々に疎し
さるものはひびにうとし
死んだ人は、月日が経つとだんだんと忘れられていく。また、親しくしていた人も、遠く離れてしまうとしだいに疎遠になるということ。
山中暦日なし
さんちゅうれきじつなし
山の中で俗世間を離れて暮らしていると、月日の経つのも忘れるということ。「暦日」は、月日の意。
四月の中の十日に心なしに雇われるな
しがつのなかのとおかにこころなしにやとわれるな
四月の中旬頃は日が長いので、思いやりのない人に雇われるといつまでも働かされるので気をつけよということ。また、その頃の日中の時間が長いことをいう。
死しての千年より生きての一日
ししてのせんねんよりいきてのいちにち
死んでからの千年より、この世での一日のほうが大事だということ。
七十五日は金の手洗い
しちじゅうごにちはかねのてあらい
嫁や婿、養子に行った時は、しばらくの間は大事にされるということ。「金の手洗い」は、金属製の洗面器で来客などに使われたもの。
芝居は一日の早学問
しばいはいちにちのはやがくもん
芝居は歴史上の事柄やものの道理をおしえてくれるので、読み書きのできない人間にとっては、てっとり早い学問の場であるということ「芝居は無学の早学問」ともいう。
十三日の金曜日
じゅうさんにちのきんようび
西洋で不吉とされて忌み嫌われる日のこと。、キリストが弟子のユダに裏切られた日が十三日の金曜日だった、など俗説はいろいろある。
十年一日の如し
じゅうねんいちじつのごとし
長い年月、少しも変わらずずっと同じ状態である様子。十年が、まるで一日であるかのようだという意から。
蜀犬日に吠ゆ
しょっけん ひにほゆ
無知なために、当たり前のことに疑いを抱いて騒ぎ立てるたとえ。また、見識が狭い人が他人のすぐれた言動を疑い、非難するたとえ。「蜀犬」は、中国の蜀地方にすむ犬のこと。山地で雨の降ることが多い蜀地方は、めったに日がささず、太陽が出ると犬が怪しんで吠えるということから。
千日の萱を一日
せんにちのかやをいちにち
長年苦労して築き上げたものを、一瞬にして失うことのたとえ。千日もかけて刈り集めた萱をたった一日で燃やしてしまうという意から。
千日の萱を一日に焼く
せんにちのかやをいちにちにやく
長年苦労して築いたものを、一瞬にしてなくしてしまうことのたとえ。千日もかかって刈り集めた萱をたった一日で燃やしてしまうという意から。
千日の旱魃に一日の洪水
せんにちのかんばつにいちにちのこうずい
千日も続く日照りと、たった一日ですべてを流してしまう洪水とは、同じくらいの被害をもたらすということ。水害の恐ろしさをいった言葉。
大漁の明日
たいりょうのあした
良いことは、そうそう長続きはしないということ。大漁の次の日も大漁であるとは限らないという意から。
朔日ごとに餅は食えぬ
ついたちごとにもちはくえぬ
世の中はいつもいい事ばかりあるとは限らないというたとえ。正月に餅が出ても、毎月の朔日(ついたち)に餅が食べられるわけではないという意。
月日変われば気も変わる
つきひかわればきもかわる
月日が経てば人の気持ちも変わる。人の心は定まったものではなく、変化していくということ。
月日に関守なし
つきひにせきもりなし
年月が過ぎるのがきわめて早いことのたとえ。「関守」は関所の番人のことで、月日が過ぎるのを止められる番人はいないということから。
同日の論にあらず
どうじつのろんにあらず
差がありすぎて比較できないということ。あまりにも差があるものを同じ日に論ずることはできない意から。
冬至十日経てば阿呆でも知る
とうじとおかたてばあほうでもしる
冬至を十日も過ぎればめっきりと日が長くなるので、どんなに鈍い人でも気づくということ。
十日の菊六日の菖蒲
とおかのきく むいかのあやめ
時機に遅れてものの役に立たないことのたとえ。9月9日の重陽の節句に用いる菊は9月10日では遅く、5月5日の端午の節句に用いる菖蒲は5月6日では間に合わないという意から。「六日の菖蒲、十日の菊」ともいう。
西から日が出る
にしからひがでる
絶対にありえないことのたとえ。
日日是好日
にちにちこれこうじつ
毎日毎日が平和で良い日であるということ。
日計足らずして歳計余りあり
にっけいたらずしてさいけいあまりあり
一見、利益が上がっていないように思えるが、長い目で見ると確実に利益があるということ。日々の計算では儲けがないように見えるが、一年を通じるとちゃんと利益があるという意から。
日光を見ずして結構と言うな
にっこうをみずしてけっこうというな
日光東照宮のすばらしさを称えた言葉。日光東照宮を見ないうちは「結構」という褒め言葉を使うなということ。「日光」と「結構」を語呂合わせした言葉。
二百二十日の荒れ仕舞
にひゃくはつかのあれじまい
立春から数えて、二百二十日の九月十日頃になると、台風の恐れが少なくなるということ。
猫は三年の恩を三日で忘れる
ねこはさんねんのおんをみっかでわすれる
猫は三年飼われても、飼い主への恩を三日で忘れてしまうくらい薄情な動物だということ。
上り一日下り一時
のぼりいちにち くだりいっとき
物事を作り上げるのには多くの時間と労力を要するが、壊すのはたやすいというたとえ。上るのは一日かかる道も下る時はわずかな時間しかかからないという意から。
白虹日を貫く
はっこうひをつらぬく
臣下が君主に対して反乱を起こす予兆のたとえ。白い虹は武器、太陽は君主の象徴と解釈され、白い虹が太陽を貫いてかかることから、兵乱が起こり君主に危害を加える前兆とされたことから。
花七日
はななぬか
盛りの時期の短いことのたとえ。桜の花の盛りが七日しかない意から。
腹の立つ事は明日言え
はらのたつことはあすいえ
腹が立ってもすぐ口に出さず、一晩じっくり考えてから言うほうが失言せずにすむということ。
日西山に薄る
ひ せいざんにせまる
年老いて、死期が間近に迫っていることのたとえ。太陽が西の山に今にも沈もうとしている意から。
日陰の梨
ひかげのなし
形が整っていても内容が悪いもののたとえ。日が当たらない場所で実った梨は形はまあまあでも味がよくないことから。
日陰の豆も時が来ればはぜる
ひかげのまめもときがくればはぜる
人より成長が遅れていても年ごろになれば一人前になるから心配は要らないというたとえ。日陰で育った豆でも時期が来れば自然とさやからはじけ出るという意から。
日方と手間取りは日のうち
ひかたとてまどりはひのうち
日雇いの仕事が夕方には終わるように、南風も夕方にはやむということ。「日方」は日のある方から吹く風。南西風、南東風のこと。「手間取り」は日雇い仕事のこと。
人の噂も七十五日
ひとのうわさもしちじゅうごにち
世間の噂は長く続かず、やがて忘れられるということ。噂話も75日もすれば治まり、忘れられてしまうという意から。
待たぬ月日は経ちやすい
またぬつきひはたちやすい
待ち望んでいる日はなかなかやってこないものだが、ぼんやりしていると知らぬ間に月日が過ぎ去ってしまうということ。
祭りより前の日
まつりよりまえのひ
祭りの当日より、待ちかねている前日のほうが楽しいということ。
三日見ぬ間の桜
みっかみぬまのさくら
世間の移り変わりが激しいことを、桜の花があっという間に散ってしまうことに掛けて言った言葉。もとは江戸時代の俳人大島蓼太の句「世の中は三日見ぬ間に桜かな」からで、三日外出しなかったら桜の花が咲きそろっているという意だったもの。
六日の菖蒲十日の菊
むいかのあやめ とおかのきく
時機に遅れて役立たないことのたとえ。5月5日の端午の節句に用いる菖蒲は5月6日では遅く、9月9日の重陽の節句に用いる菊は9月11日では間に合わないという意から。「十日の菊、六日の菖蒲」ともいう。
雪の明日は裸虫の洗濯
ゆきのあしたははだかむしのせんたく
雪の降った翌日は晴天になることが多いということ。「裸虫」は貧しくて着る物がろくにない人のことで、雪が降った翌日は天気が良く、貧乏人が着ていた物を脱いで洗濯するほど暖かいという意から。
世の中は三日見ぬ間の桜かな
よのなかはみっかみぬまのさくらかな
世の中の移り変わりが激しいことを、桜の花があっという間に散ってしまうことに掛けて言った言葉。もとは江戸時代の俳人大島蓼太の句「世の中は三日見ぬ間に桜かな」からで、三日外出しなかったら桜の花が咲きそろっているという意だったもの。単に「三日見ぬ間の桜」ともいう。
夜道に日は暮れぬ
よみちにひはくれぬ
夜の帰り道には日が暮れる心配はないから、あわてずにのんびりやろうということ。
夜を日に継ぐ
よをひにつぐ
昼夜の区別なく、事を続けること。夜を昼につなげて続けて事を行うという意から。
ローマは一日にしてならず
ろーまはいちにちにしてならず
大事業は、長い年月の努力なしでは成し遂げられないというたとえ。