「木」を含むことわざ
全71件
諍い果てての乳切り木
いさかいはててのちぎりぎ
時機に遅れて何の役にも立たないことのたとえ。「乳切り木」は棒の切れ端の意。喧嘩が終わってから、棒切れを持ち出しても役に立たないという意から。「喧嘩過ぎての棒乳切り」ともいう。
石が流れて木の葉が沈む
いしがながれてこのはがしずむ
物事の道理が逆であることのたとえ。
移木の信
いぼくのしん
約束を確実に実行すること。中国秦の商鞅は法令を徹底させるために、都の南門に立てた木を北門に移した者に懸賞金を与えると布告し、その約束を守り人民を欺かないと実証したという故事から。
魚の木に登るが如し
うおのきにのぼるがごとし
魚が木に登ろうとするように、不可能なことをしようとするたとえ。
独活の大木
うどのたいぼく
身体ばかり大きくて何の役にも立たない人のたとえ。独活は丈は大きくなるが、茎が柔らかいため材木にならないという意から。「独活の大木柱にならぬ」ともいう。
埋もれ木に花咲く
うもれぎにはなさく
長い間不運だった人に意外な幸運が訪れることのたとえ。また、世間から忘れ去られていた人が再び脚光を浴びて世に出ることのたとえ。土の中に埋もれていた木に花が咲くという意から。
榎の実は生らば生れ木は椋の木
えのみはならばなれきはむくのき
道理が通らなくても自説を曲げずに主張するたとえ。榎の木を椋の木と言った者が、榎の実が生った後も椋の木だと言い続けるという意から。「椋の木の下にて榎の実を拾う」「椋は生っても木は榎」ともいう。
老い木に花咲く
おいきにはなさく
老木に再び花が咲くように一度衰えたものが、もう一度勢いを盛り返すたとえ。「老い木に花」ともいう。
老い木は曲がらぬ
おいきはまがらぬ
老木は弾力性に乏しく曲げようとしても曲がらないことから、老人の頑固さをたとえていう。また、若いうちに欠点を直さないと年をとってからではもう手遅れで直らないことにもいう。
大木の下に小木育たず
おおきのしたにおぎそだたず
大きな権力の庇護の下では立派な人間は育ちにくいというたとえ。大きな木の下は採光や風通しも悪く、小さな木が育たないという意から。
大木の下に小木育つ
おおきのしたにおぎそだつ
強大な権力を持つ人物のもとには、その庇護を受けている者がたくさんいることのたとえ。
驚き桃の木山椒の木
おどろき もものき さんしょのき
たいそう驚いたということを「き」の語呂合わせでいった言葉。
親は木綿着る子は錦着る
おやはもめんきる こはにしききる
親は一生懸命働き質素に暮らして財産を築き、子はその苦労を知らずにぜいたくをして、親の財産を浪費するというたとえ。
堅い木は折れる
かたいきはおれる
ふだんは強情な人が、何か問題にぶつかると以外にもろく、くじけやすいことのたとえ。また、頑丈な人が急に大病で倒れることのたとえ。柔軟性のない堅い木は、風が吹けば折れやすいことから。
金のなる木
かねのなるき
いくら使っても無くならない財源のたとえ。
枯れ木に花
かれきにはな
いったん衰えたものが、再び勢いを得て栄えることのたとえ。「枯れ木に花咲く」ともいう。
枯れ木も山の賑わい
かれきもやまのにぎわい
つまらないものでも、ないよりはあったほうがましだというたとえ。枯れ木でもいくらかは山に風情を添えるという意で、自分のことをへりくだって言う言葉。
木から落ちた猿
きからおちたさる
頼みとするものを失って、途方にくれている状態のたとえ。
木七竹八塀十郎
きしちたけはちへいじゅうろう
木を切るには七月、竹を切るには八月、土塀を塗るのは十月が適しているということ。月はいずれも陰暦で、人名のように語呂をあわせて覚えやすくしたもの。
木で鼻をくくる
きではなをくくる
無愛想に応対するたとえ。冷淡にあしらうたとえ。「くくる」は、こするという意の「こくる」が変化した語。略して「木で鼻」ともいう。
木に竹を接ぐ
きにたけをつぐ
前後の筋が通らないことのたとえ。不自然なことのたとえ。性質がまったく違う竹を木に接ぎ木しようとしてもうまくいかないという意から。略して「木に竹」ともいう。
木に縁りて魚を求む
きによりてうおをもとむ
方法を誤ると目的を達成できないことのたとえ。木に登って魚を探すという意から。
木の股から生まれる
きのまたからうまれる
人の情、特に男女間の情愛を理解しないことのたとえ。
木は木金は金
きはき かねはかね
物事はきちんとけじめをつけるべきだということ。
木仏金仏石仏
きぶつ かなぶつ いしぼとけ
融通の利かないひと。特に男女の情愛に疎いひとのこと。
木もと竹うら
きもとたけうら
木は根元のほうから、竹は先のほうから割るとうまく割れるということ。物事にはやりやすい方法や順序があるというたとえ。「うら」は、「末」で先の方の意。
朽木は雕る可からず
きゅうぼくはえるべからず
やる気のない怠け者は教育のしようがないというたとえ。「雕る」は、彫刻するという意。朽ちた木は彫刻できないという意から。このあとに「糞土の牆は塗るべからず」と続く。
喬木は風に折らる
きょうぼくはかぜにおらる
優れた人や高い地位の人ほど、人からねたまれて失脚することが多いというたとえ。高い木ほど強い風を受けて折れやすいという意から。「高木は風に折らる」ともいう。
木を見て森を見ない
きをみてもりをみない
小さいことに気を取られて、全体を見ないことのたとえ。
禁断の木の実
きんだんのこのみ
禁じられているが、魅惑的な快楽のたとえ。「禁断」は、かたく禁じること。エデンの園の神から食べることを禁じられていた知恵の木の実を、蛇にそそのかされて食べてしまったアダムとイブが楽園から追放されたという話から。
草木も眠る丑三つ時
くさきもねむるうしみつどき
夜が更けて、すっかり静かになった真夜中のこと。「丑三つ時」は、昔の時刻で牛の刻を四分した三番目の時刻のことで、現在の午前二時から二時半頃。人だけでなく、草木までも眠って静まりかえった真夜中の意から。
楠の木分限梅の木分限
くすのきぶげん うめのきぶげん
生長は遅いが、着実に根を張り大木となる楠の木のように堅実な金持ちと、生長が早い梅の木のようなにわか成金のたとえ。「分限」は、「ぶんげん」とも読み、金持ちのこと。
朽ち木は柱にならぬ
くちきははしらにならぬ
朽ちた木が柱にならないように、心の腐った者は使いものにならないというたとえ。
下駄も阿弥陀も同じ木の切れ
げたもあみだもおなじきのきれ
尊卑の違いはあっても、もとは同じであるというたとえ。また、出発点が同じでも、その人の心がけ次第で後に大きな差が出てくるというたとえ。足で踏まれる下駄も、人から拝まれる阿弥陀の仏像も、もとは同じ木から作られたものだという意から。「下駄も仏も同じ木の切れ」ともいう。
高山の巓には美木なし
こうざんのいただきにはびぼくなし
地位の高い人は人からねたまれたり、批判されたりすることが多く、その名声を保つのが難しいというたとえ。高山の頂上に生えている木は、激しい風雨のために美しい姿を保つことができないという意から。
高木は風に折らる
こうぼくはかぜにおらる
地位や名声の高い人ほど、人からねたまれたり批判されたりして身を滅ぼしやすいことのたとえ。高い木ほど風当たりが強く折れやすいという意から。「大木は風に折らる」ともいう。
志は木の葉に包む
こころざしはきのはにつつむ
たとえ木の葉に包むほどのささやかな物でも、真心がこもっていれば立派な贈り物だということ。
木っ端を拾うて材木を流す
こっぱをひろうてざいもくをながす
小事にかまけて大事に失敗するたとえ。木のきれはしを集めて材木を流してしまうということから。
猿に木登り
さるにきのぼり
その事を、よく知っている相手にわざわざ教えること。無駄なことをするたとえ。
猿の水練魚の木登り
さるのすいれん うおのきのぼり
見当違いのことをするたとえ。
猿も木から落ちる
さるもきからおちる
その道の達人でも、たまには失敗することもあるということ。木登りが得意な猿でも、ときには誤って落ちることもあるという意から。
白豆腐の拍子木
しらどうふのひょうしぎ
見かけは立派でも、実際は役に立たないもののたとえ。豆腐で作った拍子木が使えるはずがないことから。
辛抱する木に金がなる
しんぼうするきにかねがなる
辛抱強くこつこつ努めれば、いつか成功して財産もできるというたとえ。「木」は「気」にかけて言ったもの。
擂り粉木で重箱洗う
すりこぎでじゅうばこあらう
行き届かないことのたとえ。大雑把なことをするたとえ。丸い擂り粉木で四角い重箱を洗おうとしても、隅まで洗えないことから。「連木で重箱を洗う」ともいう。
擂り粉木で腹を切る
すりこぎではらをきる
出来るはずがないこと、不可能なことのたとえ。擂り粉木を刀のかわりにしても腹は切れるはずがないことから。「連木で腹を切る」ともいう。
擂り粉木棒の年寄り
すりこぎぼうのとしより
気づかぬうちに減っていく擂り粉木のように、働いても働いても楽にならず、いつの間にか貧乏をすることのたとえ。
銭あれば木物も面を返す
ぜにあればきぶつもつらをかえす
どんなに冷淡な者でも、金の力にはなびくというたとえ。金銭があれば、感情がない木仏さえも振り向くという意から。
大木は風に折らる
たいぼくはかぜにおらる
優れた人や高い地位の人ほど、人からねたまれて身を滅ぼしやすいことのたとえ。高い木ほど強い風を受けて折れやすいという意から。「高木は風に折らる」ともいう。
立ち寄らば大木の陰
たちよらばおおきのかげ
人を頼るなら、社会的に勢力がある人がよいというたとえ。身を寄せるなら、大きな木の下が安全であるという意から。「立ち寄らば大樹の陰」「寄らば大樹の陰」ともいう。
矯めるなら若木のうち
ためるならわかぎのうち
「矯める」は曲げたり伸ばしたりして良い形に直す意。樹木の枝などの形を整えるなら柔らかい若木のうちにせよということ。人間の悪い癖や欠点なども若いうちに直さないと、成長してからでは遅いというたとえ。
木偶の坊
でくのぼう
役に立たない人や、気の利かない人をののしって言うことば。「木偶」は木彫りの人形のことで、転じて役に立たないひとのこと。
唐変木
とうへんぼく
偏屈な人や気のきかない人を罵っていう言葉。
直き木に曲がる枝
なおききにまがるえだ
どんなに正しい人でも欠点や弱点があることのたとえ。まっすぐな木にも曲がった枝がついているという意から。
女房は貸すとも擂り粉木は貸すな
にょうぼうはかすともすりこぎはかすな
すりこぎのように使うと減るものは、他人に貸してはいけないということ。
猫に木天蓼
ねこにまたたび
大好物のたとえ。また、それを与えれば非常に効き目があることのたとえ。
花は桜木人は武士
はなはさくらぎ ひとはぶし
花は桜が最も美しく、人は武士が一番だということ。桜がぱっと咲いて散るように、武士の死に際も潔いことから。
人木石に非ず
ひと ぼくせきにあらず
人は、感情を持たない木や石とは違い、喜怒哀楽をさまざまな形で表す感情豊かな動物であるということ。「木石に非ず」「人は岩木に非ず」ともいう。
豚もおだてりゃ木に登る
ぶたもおだてりゃきにのぼる
おだてられて気をよくすると、能力以上のことでもできるというたとえ。
木石に非ず
ぼくせきにあらず
感情を持たない木や石とは違い、人は喜怒哀楽をさまざまな形で表す感情豊かな動物であるということ。「人、木石に非ず」「人は岩木に非ず」ともいう。
木鐸
ぼくたく
世の中の人を教え導く人。古代中国で、法令などを人民に示す時に用いた、木の舌のついている大鈴の意から。
松の木柱も三年
まつのきばしらもさんねん
その場だけを切り抜けるなら、どんなものでも役に立つというたとえ。腐りやすい松の柱でも三年くらいは持つということから。
実の生る木は花から知れる
みのなるきははなからしれる
すぐれた人物は、子どもの時から凡人とはどことなく違うというたとえ。よく実のなる木は、花が咲いた時からわかるという意から。「生る木は花から違う」「実を結ぶ木は花より知らるる」ともいう。
盲亀の浮木
もうきのふぼく
出会うことがきわめて難しいことのたとえ。また、めったにない幸運にめぐりあうことのたとえ。海中に住み、百年に一度海面に浮かび上がる目の見えない亀が、海に漂う浮木の穴に入ろうとするが、容易には入れなかったという仏教の説話から。「盲亀の浮木、優曇華の花」と続けてもいう。
本木に勝る末木なし
もときにまさるうらきなし
何度取り換えてみても結局は最初のものよりすぐれたものはないというたとえ。特に男女関係についていう言葉。「本木」は幹、「末木」は枝のことで、幹より太い枝はないという意から。
元の木阿弥
もとのもくあみ
一度よくなったものが、再び元の悪い状態に戻ること。戦国時代、亡くなった領主の声と似ていた木阿弥という盲人が領主の替え玉を務めたが、役目が終わり元の庶民に戻されたという故事から。
焼け木杭には火がつきやすい
やけぼっくいにはひがつきやすい
一度関係のあった者は、いったん縁が切れても、またもとの状態に戻りやすいというたとえ。主に男女の関係にいう。「焼け木杭」は燃えさしの杭のことで、簡単に火がつくことから。「燃え杭には火がつきやすい」ともいう。
柚の木に裸で登る
ゆずのきにはだかでのぼる
非常に困難なことをすることのたとえ。とげの多い柚の木に裸で登るということから。
良禽は木を択んで棲む
りょうきんはきをえらんですむ
賢い鳥は木を選んで巣を作るということ。賢い臣下は主君を選んで仕えるというたとえ。
連木で腹を切る
れんぎではらをきる
不可能なことのたとえ。「連木」はすりこぎのこと。すりこぎを刀のかわりにしても腹は切れるはずがないことから。
若木に腰掛けな
わかぎにこしかけな
若者は頼りにならないことのたとえ。また、将来性のある若者を踏みつけにするなということ。若い木は折れやすいから腰掛けてはいけないという意から。
若木の下で笠を脱げ
わかぎのしたでかさをぬげ
若木が将来どんな大木に育つのかわからないように、若者も将来どんなに偉くなるかわからないので、ばかにしないで敬意を表して接すべきだということ。