「見」を含むことわざ

全91件

相手見てからの喧嘩声
あいてみてからのけんかごえ
相手が自分より弱そうだと判断すると、いきなり喧嘩を売る大声を出して威張り出すこと。
足もとを見る
あしもとをみる
相手の弱点を見抜いてそれに付け込むたとえ。
戦を見て矢を矧ぐ
いくさをみてやをはぐ
何か事が起こってから、あわてて準備にとりかかる愚かさをいった言葉。戦いが始まってから矢を作るという意から。
意見と餅はつくほど練れる
いけんともちはつくほどねれる
餅は、つけばつくほど練れて粘りのあるおいしい餅になる。他人の意見も、つき従うようにすればするほど、よい結果が得られるということ。
一見旧の如し
いっけん きゅうのごとし
一度会っただけで、古くからの友達のように親しくなること。「一見」は一度会う、「旧」は以前からの知り合いの意。
一斑を見て全豹を卜す
いっぱんをみてぜんぴょうをぼくす
物事の一部分だけを見て、全体を推し量ることのたとえ。「斑」はまだら模様、「卜」は占う意。皮にある一つの斑模様を見て、豹の皮だと知るという意から。
上見ぬ鷲
うえみぬわし
何者もおそれずゆったりと落ち着いている様子。また、他をはばからず傲慢にふるまうことのたとえ。鷲は強いので上空からの攻撃を警戒しなくてよいことから。
上を見れば方図がない
うえをみればほうずがない
上を見ればきりがないから、節度をわきまえよということ。「方図」は際限の意。
魚の目に水見えず
うおのめにみずみえず
自分の身近なものの価値には気がつきにくいことのたとえ。
兎を見て犬を呼ぶ
うさぎをみていぬをよぶ
手遅れのように見えても間に合うこともあるので、事をみきわめてから対策を講じても遅くないというたとえ。逆に手遅れのたとえにも使う。兎を見つけてから猟犬を呼んでも遅くないという意から。
内兜を見透かす
うちかぶとをみすかす
相手の内情や弱点を掴むたとえ。「内兜」は兜の内側のこと。
大見得を切る
おおみえをきる
大げさな言動をとって、自分の自信のほどを強調すること。「大見得」は歌舞伎役者が、芝居が最高潮に達した時に目立つ表情や演技をすることで、大げさな言動で自分を誇示するということから。
大目に見る
おおめにみる
少しくらいの欠点や過失を厳しくとがめず寛大に扱うこと。
おじを見ると荷が重い
おじをみるとにがおもい
助けてくれそうな人を見たとたん、力が抜けて依頼心をおこし意気地がなくなることのたとえ。自分で荷物を運んでいる時、伯父(叔父)を見たとたんに荷物が重く感じられるということから。
鬼の目にも見残し
おにのめにもみのこし
鬼のようにくまなく目を光らせている人でも、時には見落としや不注意があるというたとえ。
親の意見と茄子の花は千に一つも無駄はない
おやのいけんとなすびのはなはせんにひとつもむだはない
茄子の花に無駄花がないように、親が子どもにいう意見も一つも無駄がなく、すべて子どもの役に立つことばかりであるということ。
親の意見と冷や酒は後で利く
おやのいけんとひやざけはあとできく
親の意見は聞き流してしまいがちだが、後になると納得できて、ありがたいと思うようになるということ。冷酒は飲みやすく、あとから酔いが回ってくる意から。
餓鬼の目に水見えず
がきのめにみずみえず
熱心になりすぎて捜し求めるものが身近にあっても気がつかないたとえ。「餓鬼」は餓鬼道におち飢えと渇きに苦しんでいる亡者。餓鬼は喉の渇きに苦しむあまり、あせって近くにある水に気がつかない意から。
聞いた百文より見た一文
きいたひゃくもんよりみたいちもん
人から百文の値打ちと聞かされるより、自分で見たほうが値打ちがあるということ。
聞いて極楽見て地獄
きいてごくらく みてじごく
人から聞いた話と実際にに見るのでは、非常に差があるというたとえ。
聞いてびっくり見てびっくり
きいてびっくり みてびっくり
聞かされた話の意外さにびっくりしたが、実際に見てみたら、聞いた話とまったく違うのでまたびっくりすること。
聞くと見るとは大違い
きくとみるとはおおちがい
人から聞いたのと実際に見るのとでは大きな違いがあるということ。
聞けば気の毒見れば目の毒
きけばきのどく みればめのどく
聞けば聞いたで心を悩ませ、見れば見たで心を悩ませる。聞くもの見るものすべて煩悩の種となり気にかかるということ。
来て見ればさほどでもなし富士の山
きてみればさほどでもなしふじのやま
実際に見ると、想像とは違い大したことがないということが多いというたとえ。富士山はすばらしいと言われているけれども、来てみればそれほどの山ではなかったという意から。
客と白鷺は立ったが見事
きゃくとしらさぎはたったがみごと
客は長居をしないで、早く帰るほうがよいということ。白鷺の美しい立ち姿に掛けていった言葉。
義を見てせざるは勇なきなり
ぎをみてせざるはゆうなきなり
人として正しいことと知りながら実行しないのは、勇気がないからであるということ。
木を見て森を見ない
きをみてもりをみない
小さいことに気を取られて、全体を見ないことのたとえ。
金時の火事見舞い
きんときのかじみまい
飲酒などで真っ赤になった顔のたとえ。「金時」は、源頼光の四天王の一人、坂田金時のこと。赤ら顔の金時が火事見舞いに行くと、ますます赤くなることから。
国乱れて忠臣見る
くにみだれてちゅうしんあらわる
泰平の時には誰が忠臣かわからないが、国が乱れて危機に直面すると、真の忠臣が誰かがはっきりするということ。
毛を見て馬を相す
けをみてうまをそうす
外見だけで物事の価値を判断することのたとえ。毛並みだけを見て馬の値打ちを判断する意から。
御意見五両堪忍十両
ごいけんごりょう かんにんじゅうりょう
人の忠告は五両の値打ちがあり、辛いことや怒りを耐え忍ぶことは十両の値打ちがあること。他人の意見をよく聞いて何事にも耐えることが大事だというたとえ。
香炉峰の雪は簾をかかげて見る
こうろほうのゆきはすだれをかかげてみる
白居易の詩の一節。「香炉峰」は中国江西省北端にある山。
心ここに在らざれば視れども見えず
こころここにあらざればみれどもみえず
心が他のことにとらわれて集中できなければ、視線を向けていても、何も見えないのと同じことであるということ。
怖い物見たさ
こわいものみたさ
怖いものは、かえって好奇心を抑えられずに見たくなるということ。
子を見ること親に如かず
こをみることおやにしかず
子どもの長所や短所をいちばんよく知っているのは親であるということ。
財布の底と心の底は人に見せるな
さいふのそことこころのそこはひとにみせるな
うまく世間を渡るためには、自分の財産や心のうちを他人に知られてはいけないということ。
座を見て皿をねぶれ
ざをみてさらをねぶれ
その場の様子をみきわめてから、自分の出方を決めるのが利口だということ。「ねぶる」は舐める意。場所柄をよく考えて、ごちそうの皿を舐めるかどうか判断せよという意から。
三寸の見直し
さんずんのみなおし
物事は細かく見れば、多少の欠点はあるということ。また、多少の欠点は見慣れてしまえば気にならなくなるということ。物の長さも、測り方によっては三寸くらいの差があるという意から。
三寸俎板を見抜く
さんずんまないたをみぬく
物事を見抜く力がずばぬけて鋭いことのたとえ。厚さ三寸の俎板の裏側まで見抜くという意から。
鹿を逐う者は山を見ず
しかをおうものはやまをみず
利益を得ることに夢中になっている者は、周囲の事を考える余裕がなくなり道理を忘れてしまうというたとえ。鹿を追う者は狩りに夢中になり山の様子が目に入らないという意から。
自分の盆の窪は見えず
じぶんのぼんのくぼはみえず
自分の欠点はわからないことのたとえ。「盆の窪」は首の後部中央のくぼんだ所。
娑婆で見た野次郎
しゃばでみたやじろう
知っている人間に、知らないふりをすることのたとえ。ある僧侶が佐渡で土中入定すると見せかけて、こっそり越後に渡り、そこで知り合いの野次郎という男に声をかけられたが知らん顔をするが、しらを切り通せなくなり「げにもげにもよく思い合はすれば娑婆で見た野次郎か」と言った笑い話に基づくという。「弥次郎」は、「弥三郎」「弥十郎」などともいう。
姑の十七見た者ない
しゅうとめのじゅうしち みたものない
姑は自分の若い頃のことを引き合いに出して嫁に小言を言うが、誰も姑の若い時を知らないので当てにはならないということ。
正直者が馬鹿を見る
しょうじきものがばかをみる
ずる賢く立ち回る者が得をして、正直に規則や秩序を守る者が損をするというたとえ。
善悪は友を見よ
ぜんあくはともをみよ
善人か悪人かを知るには、その人の友人を見よということ。人柄を知るためには、親しい友人の行状が手がかりになるということ。
盾の両面を見よ
たてのりょうめんをみよ
物事は、表と裏の両面を観察してから正しく判断せよということ。
近くて見えぬは睫
ちかくてみえぬはまつげ
身近なことは気付いて当然なのに、案外わからないものだというたとえ。自分で自分の睫は見えないことから。
罪なくして配所の月を見る
つみなくしてはいしょのつきをみる
流刑地のようなわびしい地で、罪人としてではなく、普通の人として月を眺めることができたら、さぞ趣きがあるだろうということ。「配所」は罪を得た人が流された土地のこと。
釣りする馬鹿に見る阿呆
つりするばかにみるあほう
魚釣りをする人間も、それを見ている人間も、どちらも無駄な時間を過ごしている、と釣り好きをあざけった言葉。
貞女は二夫に見えず
ていじょはじふにまみえず
貞淑な女性は、夫が亡くなっても、夫に操を立てて、再び他の夫をもつことはしないということ。「貞女は両夫に見えず」ともいう。
ないが意見の総じまい
ないがいけんのそうじまい
放蕩や道楽は、金を使い果たせば自然におさまるということ。放蕩者は、どんなに意見しても金があるうちは聞き入れないが、金が無くなると遊ぶことができなくなり、意見する必要がなくなる意から。
長い目で見る
ながいめでみる
現状だけで判断せず、気長に将来を見守ること。
日光を見ずして結構と言うな
にっこうをみずしてけっこうというな
日光東照宮のすばらしさを称えた言葉。日光東照宮を見ないうちは「結構」という褒め言葉を使うなということ。「日光」と「結構」を語呂合わせした言葉。
二度目の見直し三度目の正直
にどめのみなおしさんどめのしょうじき
物事は一度目はあてにならず、二度目も見直すことがあり、三度目なら確実だということ。
盗人を捕らえて見れば我が子なり
ぬすびとをとらえてみればわがこなり
思いがけない事態に直面し、処置に窮することのたとえ。また、親しい者でも油断できないというたとえ。
盗人を見て縄を綯う
ぬすびとをみてなわをなう
事が起きてから慌てて準備することのたとえ。泥棒を捕まえてから縛る縄を綯うという意から。
馬鹿を見たくば親を見よ
ばかをみたくばおやをみよ
親が我が子かわいさのあまり、愚かなことをすることをいった言葉。馬鹿というものを知りたければ親を見よという意から。
人の意見は四十まで
ひとのいけんはしじゅうまで
40歳を過ぎた人間に意見をしても効果がないということ。また、それくらいの年齢になると、本人の考えを尊重すべきであるということ。
人は見目よりただ心
ひとはみめよりただこころ
人は外見の美しさよりも、性質のよいことのほうが大切だということ。「見目」は容貌のこと。単に「見目より心」ともいう。
火を見たら火事と思え
ひをみたらかじとおもえ
何事も用心を重ね、警戒を怠りなくせよという教え。少しの火でも火事だと思って用心せよという意から。
火を見るより明らか
ひをみるよりあきらか
きわめて明らかで疑う余地がまるでないようす。火を見れば火だとわかるが、それよりもっと明らかという意から。
見得張るより頬張れ
みえばるよりほおばれ
世間体を気にするより実利を考えることのほうが大切だということ。体裁を考えて食べたい物を我慢するより、遠慮なく頬張ったほうが得だという意から。
見掛けばかりの空大名
みかけばかりのからだいみょう
見かけは豪勢だが、中身は貧弱なことのたとえ。
味方見苦し
みかたみぐるし
味方をひいきにし過ぎて公平さを欠くとみっともないということ。
見ざる聞かざる言わざる
みざるきかざるいわざる
自分に都合の悪いことや人の欠点は、見たり聞いたり言ったりしないということ。「見ない」「聞かない」「言わない」を、三匹の猿が両手で各々の両目、両耳、口をふさいでいる像や絵で表現する。打消しの「…ざる」と「猿」を掛けたことば。
見知らずの口叩き
みしらずのくちたたき
自分の身のほども知らずに、大きなことを言うこと。
見たら見流し聞いたら聞き流し
みたらみながし きいたらききながし
見たり聞いたりしたことは、みだりに口外しないほうがよいということ。
三日見ぬ間の桜
みっかみぬまのさくら
世間の移り変わりが激しいことを、桜の花があっという間に散ってしまうことに掛けて言った言葉。もとは江戸時代の俳人大島蓼太の句「世の中は三日見ぬ間に桜かな」からで、三日外出しなかったら桜の花が咲きそろっているという意だったもの。
見つめる鍋は煮立たない
みつめるなべはにたたない
待っている時間は非常に長く感じられるということのたとえ。鍋が煮立つのを見ながら待つと、なかなか煮え立たないという意から。
見ての極楽住んでの地獄
みてのごくらく すんでのじごく
外から見るのと、実際に体験するのとでは大違いであるというたとえ。はたから見ると極楽のように見えるが、実際に住んでみるとまるで地獄のようだという意から。「見ては極楽住んでは地獄」ともいう。
見ぬが心憎し
みぬがこころにくし
物事は実際に見るまでの間、心の中で想像し期待するときが楽しいということ。「見ぬが花」ともいう。
見ぬが花
みぬがはな
物事は実際に見るまでの間、あれこれと想像し期待するときが楽しいということ。「見ぬが心憎し」ともいう。
見ぬ京の物語
みぬきょうのものがたり
実際には見たこともない事を、いかにも見てきたように話すことのたとえ。また、その話のこと。「知らぬ京物語」「似ぬ京物語」ともいう。
見ぬ事は話にならぬ
みぬことははなしにならぬ
一度見てみないと、人に話せないということ。
見ぬは極楽知らぬは仏
みぬはごくらく しらぬはほとけ
見たり知ったりすれば腹が立つことも、わからなければ穏やかな気持ちでいられるということのたとえ。不愉快な事も、見なければ極楽気分でいられるし、知らなければ仏様のように心穏やかでいられるという意から。
見ぬ物清し
みぬものきよし
見なければ、汚い物事も気にせずにいられるということ。「見ぬ事清し」ともいう。
見目は果報の基
みめはかほうのもとい
顔かたちが美しいということは、幸運をもたらす元だということ。「見目」は容貌、「果報」は幸運の意。
見目より心
みめよりこころ
人は外見の美しさよりも、心の美しいことのほうが大切だということ。「見目」は容貌のこと。「人は見目より心」ともいう。
見よう見真似
みようみまね
人のするのを見て覚え、自分でもできるようになること。
見ると聞くとは大違い
みるときくとはおおちがい
実際に見るのと人から聞いたのとでは大きな違いがあるということ。また、噂と事実が違うことにもいう。
見るは法楽
みるはほうらく
自分の目でものを見るというのは、たとえようもなく楽しいということ。「法楽」とは神仏に捧げる音楽のこと。転じて楽しみの意。
見るは目の毒
みるはめのどく
見れば欲しくなるので、見ないほうがよいということ。
名所に見所なし
めいしょにみどころなし
一般に名所といわれている所も、案外見るものが少なくつまらない所が多い。名は必ずしも実を伴わないということ。
目で見て口で言え
めでみてくちでいえ
何事も自分の目で確認してから口にせよということ。見てもいないことをとやかく言ってはいけないという戒めのことば。
目で目は見えぬ
めでめはみえぬ
自分の欠点には気づきにくいということのたとえ。自分で自分の目を直接見る事はできないという意から。
目は毫毛を見るも睫を見ず
めはごうもうをみるもまつげをみず
人の欠点は細かい点までわかるが、自分のことはなかなか気がつかないというたとえ。「毫毛」は細かい毛。目は細かい毛さえ見ることができるのに、自分の睫は見ることができないという意から。
幽霊の正体見たり枯れ尾花
ゆうれいのしょうたいみたりかれおばな
怖いと思っていると、何でもないものまで恐ろしく見えてしまうことのたとえ。また、正体がわかると、怖かったものも何でもなくなるということ。「尾花」はススキの穂で、幽霊だと思って恐れていたものが、よく見ると枯れたススキの穂だったという意から。
欲には目見えず
よくにはめみえず
欲のために理性を失い、善悪の判断ができなくなること。「欲に目が眩む」ともいう。
世の中は三日見ぬ間の桜かな
よのなかはみっかみぬまのさくらかな
世の中の移り変わりが激しいことを、桜の花があっという間に散ってしまうことに掛けて言った言葉。もとは江戸時代の俳人大島蓼太の句「世の中は三日見ぬ間に桜かな」からで、三日外出しなかったら桜の花が咲きそろっているという意だったもの。単に「三日見ぬ間の桜」ともいう。
留守見舞いは間遠にせよ
るすみまいはまどおにせよ
主人が不在中の家を頻繁に訪れると、あらぬ疑いをかけられるから、ほどほどにしたほうがいいということ。
我が上の星は見えぬ
わがうえのほしはみえぬ
誰にも自分の運命はわからないということ。「星」は運命の意。